EPITAPH、吉祥寺クレッシェンド救済クラファンに参加!

 

EPITAPH再結成後のホームグラウンドと言っていい大切な場所、

吉祥寺クレッシェンドさんを支援するため、

出演バンド有志によるクラウドファンディング、「吉祥寺クレッシェンド救済

コンピレーションアルバム制作プロジェクト〜Uniting Everyone’s Hearts〜」

が昨日始動しました。

59のアーティストが主旨に賛同して急遽参加したとのこと。

EPITAPHも微力ながら参加させていただいております!

 

コンピアルバムを制作、出資くださった皆さん全員に、リターンとして完成したCDをお届けします。

経費を除いた利益はすべてクレッシェンドさんへの寄付となります。

 

このニュース、公開と同時に音楽ナタリー、Yahooニュース、激ロックに取り上げられるなど、さっそく話題になっています。

内容をご覧になって下さい。思いを感じて下さい。そしてぜひご協力をお願いいたします。

Save The Local Music Venues!🤘✨

 

吉祥寺クレッシェンド救済コンピレーションアルバム制作プロジェクト
〜Uniting Everyone’s Hearts〜 クラウドファンディングページ
https://motion-gallery.net/projects/rescue_crescendo

 

Yahooニュース
https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20200423-00000129-natalien-musi

激ロック
https://gekirock.com/news/2020/04/crescendo_unting_everyones_hearts.php

音楽ナタリー
https://natalie.mu/music/news/376650

 

 

#StayHome は音楽を変える

 

みんなが引きこもり、 #stayhome になる事態になるなんて、

誰も想像もしなかったよね。これで最近思っている。

ライブでは決して再現できないような、レコーディング命で、

技術と労力を注ぎ込んだような音源の素晴らしさが、

また評価される時が戻って来るのではないかと。

 

CDが売れなくなり、バンドの生きる糧はライブがメイン。

レコーディング音源はライブのおみやげとして、

タオルやバンTの横に並ぶ物販グッズに成り下がっていたことに対して、

ずっと疑問に思ってきた。

デジタル化はレコーディングのコストを信じられないほど安くし、

パーソナルにした。

しかし、それの本当の価値を生かせていないバンドが多い。

 

COVID-19は音楽界にライブができない時代をもたらした。

今こそレコーディングでしかできない世界を表現する時。

 

数年ぶりにビートルズの青盤を部屋でひとり聴いている。

自分の原点はここ。

世界中をツアーして回って、熱狂で時代を作った初期の作品よりも、

その後ライブというものを一切辞めて、

レコーディングで作品を作り続けることにのめり込んだ時代の

ビートルズが今でも好きだ。

いつでも自分がプレイボタンを押した瞬間に、

そのレコーディング中のスタジオの中の熱気へと導いてくれるからだ。

こんなのライブで再現できっこない、

そういう完璧なプロダクションにヒリヒリするからだ。

 

そんな時代がやってくる。図らずもこの忌々しいウイルスのせいで。

そして今ならそれが、やろうと思えばベッドサイドでできるのだ。

 

 

Our Generation – 僕らの世代

 

僕らの世代

 

今年も冬眠が終わった。

この間に新型コロナウイルスによる感染症がみるみる世界中に蔓延して、

2011年の3月の時と同じような緊張感の中、黙々とミッションをこなした。

 

そしてこの間に宮城まり子さん、マスオさんの声の増岡弘さん、

そして志村けんさんが旅立った。

 

人間は誰でも生まれた瞬間から死へのカウントダウンが始まるのだけど、

子供時代に影響を受けた人達が次々と去って行くのを知ることで、

自分の今の立ち位置、残された時間が永遠でないことを噛みしめていく。

 

そこで僕らの世代を改めて振り返ってみると、

全く無名だった志村けんが東村山音頭で大ブレイクして行く過程を、

小学生でリアルタイムに見ていた貴重な世代なんだよね。

 

音楽では英国で全く売れてなかったクイーンが

世界のバンドになって行くのをサポートし、

パンク、ニューウェーブ、テクノ、ヘヴィメタルが生まれる過程を

中学から高校の間でリアルに体験し、

20歳前後の頃には、年上の世代から見て一体何を考えてるのか

さっぱりわからないので『新人類』と呼ばれた。

 

クズのような根性論を捨て去って客観性を持ち込み、

不良で怖い人間のための音楽だったロックを、

女子高生がバンドやれるようにした。

 

そんな世代であることに誇りを持ったり、

もっと語ったりしてもいいんじゃないかなと思う。

しょぼくれてるんじゃないよと。ね。

 

 

Hibernation Is Over, 2020

This year’s my annual busy work (for money) is almost done.

Every year, I’ve been happy to announce that “my hibernation is over”.

However, unfortunately the world has changed a lot in 100 days.

This feeling reminds me of the 3.11 Great East Japan Earthquake in 2011.

I don’t say a lot about it.

 

Tonight, I opened a bottle of wine which I received 8 years ago for a gift

as I played several songs at my friends’ wedding party in Tokyo.

Now they have 3 kids.

 

Cheers to all, nobody can predict the future but hibernation should be over soon.

Let’s find small happy moments in daily life!🍷🥂

 

 

#hibernation #over #covid19 #StayAtHome #StayHome #redwine #happymoment
#psychedelic #psych #サイケ #rock #ロック #サイケデリックロック #indie #gogreen #gogreenmusic #gogreenmusictokyo #thegogreen #ゴーグリーン

志村けんは死なない

当時、全国の小学生は毎週土曜日は欠かさず見るのが使命だった8時だョ!全員集合(でないと月曜日の学校でクラスメイトの話題に乗り遅れる←致命的)。ディスイズアペンの荒井注がドリフを抜けて入った志村けん。しばらくはどうにもこうにもぎこちなくて、コントでも荒井注の抜けた穴を埋められるのかな〜って子供ながらに心配していたのをこの記事読んで思い出した。その流れがいつの間にか変わって、その後の活躍は誰もが知る通り。でも変わったきっかけは東村山音頭だったのかな、その前に何かがあったっけな。空気が変わった、そのポイントが思い出せない。

地元の公会堂に来るって聞いた時は興奮して絶対行きたい!って母親にねだったけど、結局行けなかったな。あの番組は、生だったから良かったんだよね。客席の怒涛の大爆笑が、興奮と熱気が、テレビを通してガンガン伝わってきた。ハプニングも含めて生がドリフの面白さだったので、あの番組以降のフジテレビ(ドリフ大爆笑)とかにもたくさん笑わせてはもらったんだけれど、それほど入れ込まなかった。録画で、オバちゃん達の笑い声を差し込んでるのなんてやっぱり違うって、心のどこかで思っちゃったんだよな。

でももういないなんて信じられない。努力が天才を超えた笑いの神様。ブーさんが言ったみたいに、志村さんは死なないんだな。

 

志村けんお笑いにかけた人生「イヤなことがあっても思いきり笑えば忘れられる」
婦人公論.jp
https://fujinkoron.jp/articles/-/1833